Sage SLT 373-3。
Sageという米国の大手ロッドメーカーの「SLT」というミディアムアクションのシリーズの3番、長さ7フィート3インチの3ピースのロッドが、ボクの愛用の釣り竿である。
他のロッドを試したことが殆どないから、エラそうな事は言えないけれど、ボクはこれが超お気に入りで、どこに行くにもこのロッドを持って行っている。長さとしては7フィート3インチだから、一般的には少し短めの部類だろう。けれど、長良川本流のような開けたところでなければ、短い方が都合がいいことが多い。ちなみにドイツにもこれ一本だけ持って行ったが、仕舞寸法が短いことも含め、使い易いことこの上なかった。
金曜日の22時に出発して、蓼科の山荘に着いたのは午前2時を過ぎていた。翌日(6/25)目が覚めたのは午前11時。窓を開けると緑が美しい。ゴールデンウィークに来たときは、まだ木々の芽が吹く直前だった。それが一面の、まさに絨毯のような緑に変わっている。
気温26℃。標高1300mの高さにあるこの山荘の6月の気温としては、例外的に高い方だ。湿度が低いから、暑いと感じないが、午後にかけてまだ少し気温が上がるはずだ。釣りのコンディションとしてはあまり恵まれているとは言えない。
14時半。一日のうちで最も釣れない時間。が、どうしても渓の様子が見たくなって、出かけてしまう。行き先は山荘からクルマで10分掛からず着いてしまう滝の湯川、諏訪湖に注ぐ上川の上流域3支流の1つである。この滝の湯川、しかしおよそフライフィッシング向きの川ではない。川幅は広いところでも5m程度、両岸ともブッシュに覆われて7フィートロッドを真上にキャストできることは殆どない。ボク自身、何年通っても行くたびに木にフライを取られることが一度二度ではないし、ボク以外にここでフライロッドを振り回している人を見たこともない。しかも、今日はあきれるほど渇水である。
この時期のこの川にはモンカゲロウを始め、ヒラタ・マダラ等々のメイフライが数多く生息するが、量的にはとにかくカディスが圧倒的だ。木の枝を揺らすと、2cm前後のカディスがゾッとするほど一斉に飛び立ってくる。そしてこの時期ここに棲むイワナの主食もほぼ間違いなく、このカディスである。ここでは手の込んだフライは似つかわしくない。#14のエルクヘアカディス、これ一本で充分である。
…が、釣り上がり始めて30分、しかしボクは少し様子がおかしいことに気付き始めた。エルクヘアカディスに反応してこない。…やはり気温が高すぎるのだろうか? 少し不安になって、小さな淵の落ち込む肩の岩陰から覗き見た光景にボクは驚いた。5匹程度のイワナが水深30cm程度の位置で何かを盛んに捕食している。
何だ、楽勝じゃないか…。一つ深呼吸して、静かにエルクヘアカディスを送り込む。位置、距離ともにOKだ。
…来い!
イワナたちがちらっと水面を見たのが分かった。が、殆ど動かない。これはおかしい。一般に知られた川であればともかく、この川でこれまでこんな経験をしたことはない。もう一度流してみるが、同じ反応である。仕方なく、カディスピューパを結ぶことにした。この川でニンフなど殆ど流したことはないのに…。
が、効果はてきめんだった。イワナ達がフライを追いに来るのが見える。インジケーターとイワナとを代わる代わる見ながら、タイミングを計る。渇水で流速が遅く、インジケーターに反応が出ない。仕方なく水中に集中する。ダメだ。流れに揉まれてフライの位置が分からない。左岸のイワナが反転する。来たか?違う、あいつじゃない。こいつだ。こいつが動けば…。来た!合わせる。…が、すっぽ抜け。
こんなことを15分程繰り返していると、すっかりカディスピューパにも反応がなくなってしまった。ハッキリしたのはドライフライには殆ど反応がないが、ニンフなら行けるということだった。しかし、落差のあるこの川でドライを諦めるのは全く気が進まない。迷った挙げ句、ボクはエルクヘアに戻した。
それから2時間程が経った。木陰が続き、一番釣れるとボクが信じている区間に来ていた。いつもならここまで1時間もかからないが、少しでも気温が下がるように、わざわざゆっくり上がってきたのだ。浅瀬の手前の岩の上で少し休憩していると、大きく飛沫が上がった。…ライズだ。サイズも期待できるかも知れない。
エルクヘアカディスに粉末フロータントを付け直し、ガイドからリーダーをゆっくりと引き出していく。リーダーとラインを結ぶノットが先端のガイドに引っ掛かる。少し力を加えて引っ張る。パシャッ。…またライズが起きた。
と同時に、災難は襲いかかった。
パンッ、という聞き慣れない乾いた音ともに、ロッドを持つ左手に掛かっていた力がフッと軽くなった。一瞬の戸惑いの後、自分の右手がリーダーをしっかりと握っていることを確認して少しホっとする。これで、ブランクから抜けたのだとしても、流されてしまう心配はないはずだった。が、右手のリーダーをたぐって外れたロッドを拾い上げながら、ボクは愕然とした。抜けていた訳ではなかった。2番目のブランクの中央やや根元寄りのところで、Sage SLT 373-3はポッキリ折れていた。
3ピースのロッドを4本に握り締め、ボクは川沿いの道に出られるそこから30分程の地点までの距離を、少し呆然としながらも黙々と歩いていた。17時。イブニングライズが始まりつつあった。あちこちで飛沫が上がっている。見えるサカナは釣れないと言うが、逆もまた真なりだ。釣れないとなるとサカナはやたらと見えてくる。
ふと前方を見上げた時、今日一日エルクヘアカディスへの反応が悪かった理由が分かった。
この川で初めて出会った、フライロッドを持った先行者だった。
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